About Ura Kondo

番組制作コーディネーター

御感想コメント

「専門的で繊細な内容の取材でしたが、驚くほど短期間に、そして明確に番組の意図するところを理解して頂き、非常に助かりました。取材相手と信頼関係を築く能力は天才的です。しかも、映像にまで気を配って頂き、カメラマンの私としては、全くストレスなくロケ期間を過ごす事が出来ました。是非、又仕事を一緒にさせてください!」 A.T.

「近藤さんは私にとってボストンをはじめ、アメリカの強力な窓口です。

引き続きよろしくお願いします。」S. N.

「近藤さんのおかげで、作業も和気藹々と順調に進みました。

(取引先の)皆さんにも一定の信頼関係が出来たと思います。」K. H.

「しっかりとした(リサーチ)レポート、ありがとうございました。さすが…です。

(担当部)も、とても満足してくれています。」M. I.

「昨日、日本科学映像祭の受賞作品の発表があり、(時点の)文部科学大臣賞を受賞しました。

この映像祭は、全国で放送された番組の中から、科学的知識に関連するトピックの作品を対象に

審査されるものです。全国から200本近い作品が応募されたそうです。

これもひとえに近藤さんのすばらしいアレンジがあってのことと思います。」N. Y.

「本当に近藤さんにはお世話になりました。

(カメラ)さんも(音声)さんも近藤さんの細かい気遣いには、心服しておりました。」K. A.

"Thanks for all the great work you did. All the coordination was superb!" S. O.

近藤 羽良 (こんどう うら)

プロダクション・コーディネーター、プロデューサー、ディレクター

東京都出身。1988年にカナダ、バンクーバーへ。1989年からは、アメリカ、ボストン在住。バークリー音楽大学で日本人女性として初めて、プロダクション専攻の入学許可を得る。在学中は、留学生対応のオフィスで学生サポートの仕事をしたり、ノースイースタン大学で、インターナショナルビジネス系の授業を受講する。成績優秀マグナ・クム・ラウデ受賞と共に、文化の壁を越えて優れた作品を完成させた事を認められ、マルチ・カルチュラル・アチーブメント賞受賞。卒業生の少数人だけが選考される記念CDにて、音楽プロデューサーとしても抜擢される。

その後、レズリー大学院に進学。異文化交流学修士号習得。文化の違いを理解した交渉方法や、インタビューの技術を身に付ける。

卒業後、ワールド・トレード・センター・ボストンに就職。インターナショナル・プロジェクト・コーディネーターとして、単独で貿易セミナー、世界各国政府高官対応、海外企業訪問のコーディネートを担当。数々の世界貿易機関、教育機関などに協力する。著名スピーカーの中には、前FRB議長グリーンスパン氏や、国務長官(当時上院議員)ケリー、ボストン市長メニーノ氏を含んだ。マサチューセッツ州とボストンの政府機関、各領事館、日本からも横浜市、財団法人ベンチャーエンタープライズセンターなどをはじめ、様々なプロジェクトを担当。企業訪問の手配、案内、通訳、展示会やメディアイベントなどのコーディネートも行う。

独立後は主にテレビ番組制作のコーディネーターとして、ニュース、教育番組からバラエティーまで、幅広い分野で活躍。第45回科学技術映像祭、医学部門最優秀賞作品、文部科学大臣賞受賞作品、「命への警鐘、米国フラミングハム町からのメッセージ」(NHK)や、ノーベル賞受賞化学者ダドリー・ハーシュバック博士の「未来への教室、好奇心こそ科学の始まり」(NHK)、「にじいろジーン」(フジテレビ)の「世界まるごと見聞録、ボストン」等、多彩な番組で、コーディネーターを勤める。報道番組、オバマ大統領のキャンペーンや歴代米国大統領スピーチに関するリサーチ、アメリカ経済に関するリサーチなど、複雑な課題も担当。「Education 2.0」(NHK)では、クリントン・グローバル・イニシエティブで、クリントン元大統領のスピーチも取材した。

マイケル・サンデル「究極の選択」のプロダクション・コーディネーターとして、今まで7回分の番組を担当。NYでハリケーン直撃の中、大掛かりな中継収録も担当した。又、「MIT白熱教室」では、ルーイン教授の物理講義全8回を収録。マサチューセッツ工科大学のキャンパスで、2ヶ月に渡り、実験のリハーサルから講義の生収録まで、教授のアテンドと撮影技術担当の地元クルーを全面的に単独でサポートした。

著名人のインタビュー、台本や音声の翻訳作業も担当する。

趣味は料理と映画鑑賞。健康、環境問題、食品安全、アメリカ政治などに興味を持ち、アメリカ人の夫と二人の息子と共に、マサチューセッツ州郊外在住。